春の零れ日のような暖かい日差しが小窓から差し込む。
昨日までの嵐が嘘のように過ぎ去り、戯れる小鳥のさえずりが
否応なしにアレンの意識を呼び戻した。



――― アレ? 僕は……



明け方まで互いを求め合い、体を繋ぎあった名残が
アレンの白い肌のいたるところに刻み込まれている。



「……つっっ……!」



わずかに寝返りを打とうとしただけで、アレンの全身が悲鳴をあげた。
下半身に至っては、まるで自分のものでないようにすら感じる。



―――そうだ……僕は夕べ……神田と……



ベッドの隣で寝息を立てる愛しい相手の寝顔を見詰め、
アレンは恥ずかしさと嬉しさで、その顔を真っ赤に染めた。
こうなる事を望んでいたのに、
いざこういう関係になるとそれはそれで気恥ずかしい。


神田に受け入れられた嬉しさで、無我夢中だった。
欲望という名の感情のまま身体を重ね、その結果がこの身体の痛みだ。


初めて知る情事の名残に、アレンは甘い胸騒ぎを抑える事が出来ず、
もう一度布団に潜り込むと、隣にいる恋人の胸元に顔を寄せた。
クンと軽く子犬のように鼻を鳴らして、愛しい相手の香りに酔いしれると、
その幸福感に、自然と顔がほころんでしまう。


前から不思議に思っていたが、神田は他の人とは違ういい香りがする。
身につけているものに変わったものはないし、
髪や身体を洗うものも、自分たちと同じ物を使っているはずだ。
なのにどこかオリエンタルな甘い香りがして、
アレンはこの香りが大好きだった。



「……ん……? 目が覚めたのか……?」



アレンの動きに気がついたのか、
神田は胸元のアレンをぎゅっと抱きしめながら呟いた。
頬にじかに胸板が当たると、神田の鼓動が聞こえる。
その心地よさにうっとりと目を細め、アレンは小さく頷いた。


神田が手に抱きしめた温もりも、また殊更気持ちが良く、
もう二度と手放す気にはなれないものだった。



「……身体は……大丈夫か?」
「……それが……その……ちょっと……」
「辛いのか……?」
「……というか、しばらく動けそうにありません……」



…はぁ……と大きな溜息をつきながら、アレンが苦笑してみせる。


そんなアレンを気遣うように覗き込むと、
神田はすまなさそうに瞳を歪めた。



「……あ……でも、大丈夫ですから……
 神田は僕の身体から薬を抜いてくれようとしたんだし、
 それに……その……なんだかとっても……嬉しいんです……」
「……モヤシ……」



欲望の赴くままにアレンを抱いた罪悪感が拭えない神田にとって、
アレンの言葉は救いだった。
自分の腕の中で頬を真っ赤に染めるアレンを見て、
神田の心臓も再び音を立てて速度を早める。



「……悪ぃな……そんな可愛い台詞を聞いちまうと、
 また我慢が効かなくなっちまいそうだ……」
「……ちょっ、か、かんだっ……!」



神田が再びアレンの唇を覆う。
初めは軽い抵抗を見せたものの、アレンもすぐにそれを受け入れる。





そうやってまたしばらくの間、二人は甘い目覚めを堪能したのだった。




















「……ねぇ……かんだ……?」
「……なんだ……?」
「神田はどうして僕が、あの屋敷に掴まってるのが解ったんですか?」
「ああ……それはな、あの婦人が教えてくれたからだ……」



思いもよらなかった言葉に、アレンは絶句する。


              
「え?……どうしてあの人が、僕を助けてくれたんですか?!」



アレンは不思議そうな顔をして、神田を覗き込む。
神田は少しだけ面倒くさそうな表情をしたが、
いつものように舌打ちで済ますことなく、
重い口を開いてゆっくりと事の次第を語ってくれた。



「あの人がこの宿を訪ねてきて、お前を助けてくれと言い出した。
 理由を聞いたら、夫がしようとしていることを止めたい、
 自分の病気を理由に、お前を犠牲にする訳にはいかないってな。
 何故か、彼女はお前のことを全て知っていた。
 お前の素性も、その左眼に宿る……お前の養父のこともな……」
「……え……マナのことを……?」



瞬間、アレンは昨夜見た夢の事を思い出した。


恋人同士だった彼女とマナは、実の兄にその仲を引き裂かれ離れ離れになった。
その兄というのがあの子爵で、彼女は病気の妹を助けるために
進んで彼の屋敷へ身請けされたのだ。


彼女はマナを心から愛していて、死んだらマナの元へ行くと言っていた。
魂となって、マナの元へ飛んでいくと……



「彼女の家系は、もともと白血病を患う家系らしくてな、
 昔、彼女は妹の治療費を得るために、あの家に嫁いだそうだ。
 結局その妹は、治療の甲斐もなく、すぐに亡くなったらしいが……
 それから間もなく彼女自身も病気を発症して、今のままじゃそう長くはないらしい。
 まぁ、彼女自身はいつ死んでもいいと思ってたらしいんだが……」
「……そっ……そんな……!」
「だがな、あのダンナが今までにしたこともない仕事をして
 必死で治療費を稼ごうとする姿を見て、彼女も何かが変わったらしい。
 金で買われた筈の、昔の恋人に似た男を、
 いつしか本当に好きになったみたいで……
 その夫が未だに死んだ弟に執着している事や、
 養子のお前を、治療費の代わりに売るのが堪えられなかったらしいな」
「そ……そうだったんですか……」



確かに彼女の言い分も解る。
だが、あの夢が本当の出来事だったとして、
マナがこのことを聞いたら、一体どう思うのだろう?


急にマナが不憫に思えて、アレンは哀しそうな顔をした。



「それとな……こんな話もしてたぞ」
「……え……?」
「彼女はお前を一目見た瞬間、お前の横に養父の姿を見たそうだ」
「……マナ……の……?」



神田の台詞にドキリとして、アレンは動きを止める。



「ああ、その『マナ』っていう奴の姿だ。
 お前の横に居たそいつは、彼女にこう言ったそうだ。
 この子は大事な子だ……自分が命に代えても守りたいと思う
 大事な大事な子供なんだ…… ってな……」 
「……マ……マナが……?」
「……ああ……だから助けて欲しいと、俺の居場所を彼女に告げたらしい」
「……!……」



淡々と語る神田をよそに、アレンはその台詞を聞いて大粒の涙を零しだした。



「……マナが……」



アレンが声を出してしゃくり上げると、神田は殊更気分を害したようにその頤を掴み、
力ずくで自分の方へと向かせた。
その表情はさっきまでとはうって変わって、怒りを顕わにしている。



「だからっ…それが気に入らねぇって言ってんだよ!
 いくらファザコンだからって、いつまでも他の男の名前を呼んで泣いてんじゃねぇ!
 お前の目の前にいるのは、この俺だ。
 実際にお前を助けに行ったのもこの俺だろ?
 お前は俺だけ見てりゃいいんだ!」
「か、神田……?」



普段感情を表に出さない神田が、
顔を真っ赤にして怒りながら、愛の告白さながらの台詞を言ってのける。


一瞬唖然としてしまったアレンだったが、
その言葉の意味を理解するにつけ、沸々と嬉しさが心の内から湧き上がってきた。
徐々に顔をほころばせ、涙でぐちゃぐちゃになったまま嬉しそうに微笑んだ。



「……ですよね……ごめんなさい……
 それとまだ、助けてもらったお礼も言ってなかった……
 神田、有難うございます……それと……」
「……?……」
「……大好きです……他の誰よりもキミのことを……
 ……愛してます……」
「……うっ……」



突然の愛の告白に、神田は言葉を詰まらせて俯いてしまう。
夜の睦みあいの中で聞く台詞とは違い、
こうして面と向かって言われてしまうと、さすがの神田も返す言葉が見つからない。
さっきまで怒りのオーラを爆発させていた人間とは思えないほど、
見事にアレンに翻弄されてしまっていた。



「……お……俺もだ……」
「……はい……」



真っ赤になって照れながら答える神田に、アレンはゆっくりと自分の唇を重ねた。





















幼いアレンによって魂をAKUMAに捕らわれたマナは、自ら望んでアレンの左眼に宿った。
恨みという形で魂をアレンの身体に繋ぎとめられるなら、
そうすることでアレンが生きる事を選んでくれるなら……
彼は魂を犠牲にすることを厭わなかったのだ。


だが唯一つ気がかりな事は、昔離れ離れになった恋人のことだった。
彼女がもし死んで魂になって、あの時の約束どおりに自分を捜し求め、
その魂が彷徨うことを恐れていた。


偶然にもこの街を訪れたアレンを誘って兄に引き合わせ、
彼女に自分の魂の存在を告げ、さらにこう言った。


 
『キミの魂が在るべき場所は……今、キミの愛する人のもとだよ。
 僕の所じゃない……
 ……今も君を愛している……だから、生きる事を諦めないで……』  
……と……



彼女はアレンの横にいつも恋人の姿を見ていた。
その姿は変わり果て、自分を待ってはくれていないけれども、
アレンを守ろうと留まっている事だけは理解できた。



『マナ……貴方の魂は、もうずっとこの子のもとにあるのね……』



哀しげで、それでいて嬉しそうな、何ともいえない表情で見詰る婦人の姿が
アレンの脳裏に焼き付いて離れなかった。



―――― あの人は、本当にマナを愛していたんだな……
       そしてマナも……



男女の恋愛沙汰やその苦しさなど、ついこの間まで知らなかった。
互いの想いが通じながらも、離ればなれになければいけない苦しみは
いかほどのものだったのだろう。
神田と想いを通じ合えた今だからわかる。
ここでもし神田と引き離され二度と会えないとしたならば、
それは身を引き裂かれるよりも苦しいに違いない。


天に召される魂も、地に陥る魂も、その根源は唯一つ……
たったひとつの魂ならば、誰に何と言われようと構わない。
己の意の赴くままに……ありたい場所にあればいい。


それが報われない場所だとしても、意をもって其処に在れば、
それは幸せといえるのではないだろうか。


AKUMAに取り込まれた魂は、拘束され、苦痛に顔を歪め、泣き叫んでいる。
その魂を解き放つため、アレンは戦う。
一つでも多くの魂を、その求める場所へ解き放ってやるために……











「……どうした……モヤシ……?」



どこか寂しそうなアレンを見、神田が怪訝そうな顔をした。
それもそのはず、さっきまでは考えもしていなかったが、
嵐が止み、神田の傷も癒えた今、
このままこうしてこの街に留まっていられるわけがない。
おそらくすぐにでも此処を出て、互いの任務に就かねばならないはずだ。



「あの……もしかしなくても、今日あたり神田は次の任務に就くんですか?」
「……ああ……そうだな……
 長いことここに足止め喰らってたし、もう次の指示は受けてるからな。
 いつまでものんびりしてる訳にはいかねぇだろう」
「ボクは先日回収したイノセンスを本部に持って行かなきゃいけないし……
 もしかしたら、しばらく会えないのかな……なんて思って……」



今回はたまたま一緒の任務だったが、おそらくこれから先はそううまくいかない。
だとすれば、今度はいつ神田に会えるのだろうか。
そう考えただけで、アレンは無性に寂しくなった。



「なんだ?お前、寂しがってんのか?」
「そっ、そういう神田は寂しくないんですか?!
 今度はいつ会えるかも解かんないんですよっ!」



瞳に微かに涙を浮かべながら必死で訴えるアレンが、この上なく可愛く思える。



「……そうだな……
 もう一日ぐらいのんびりしてもバチは当たらんだろう……
 街も嵐が去って復興を始めたばかりだろうからな」
「一日……ですか……」
「馬鹿か?お前?
 今の俺たちにはそれが限界だろうがっ! それにな……」
「……それに……?」



急に口篭る神田にアレンが問いかける。



「離れてたって、俺がお前を想う気持ちに変わりはない……」
「……ふふっ……ボクも……です」



アレンは照れながら告げる神田を心底愛しいと思った。
そして彼もまた自分と同じ気持ちでいてくれることが嬉しかった。










エクソシストたちの束の間の休息は短く儚い。
その儚い夢を紡ぎ合うかのように、二人は肌を重ね合っていた。
いずれ訪れるであろう戦いの前に、
その魂の存在を確認し合うため……深く……深く……





……いつまでも……










 

                             







                       
     END









≪あとがき≫

長らくお付き合いくださいまして、誠に有難うございましたm(_ _)m
前置きが長かった割りに、甘く、ただただ甘く終わってしまったような気がします( ̄▽ ̄;)
少しはお気に召していただけたでしょうか??

途中オフ本の製作だなんだで、かなり更新期間が空いてしまったりしたんですが、
オフ本のほうは短期集中で書いているのに、中身がしっかり煮詰められていていいカンジなんですv
ただ長くかきゃあいいってもんでもないですね……;
連載はやっぱ勢いが大事です……はい……;
今回しっかり反省いたしましたm(_ _ ;)m

またしばらくオフ本制作にかかるので長編は無理だと思うのですが、
短編は時々UPして行きたいと思っております。
これからも、どうぞお見捨てにならずに
だてんし★ゆーぎしつにお付き合いくださいませっっ(≧∇≦)~~*
宜しくお願いいたします〜〜〜(@>。<@)






あ……6月の新刊は「監禁・拘束・玩具攻め」です★
お楽しみにしていてくださいね……(〃⌒ー⌒〃)ゞ








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Spiritual whereabouts    13
           
――魂の在り処――